友達といっても、知り合い程度なのだけど、再婚することになったらしく。。。。これも友達からのお話。

離婚して、バツ同士で一緒になるらしいけど、相手が彼女を束縛するタイプでお茶ですら、友達と飲みに行けないらしい。

好きな人と一緒にいることが至福だと思って、一緒になるのだけど、好きな人のあらゆるところを目の当たりにしなくてはならない、自分も色々な部分をさらけ出してしまうという現実。

教えてくれた友達は「よく考えてから(再婚)すればよかったのにね」と言っていた。そうだけど、、、結婚って、「勢い」ないと出来ないし。「そもそも結婚する動機なんて、不純なんだよ」と昔会社の上司が言っていた。新婚の私には、ちょっと衝撃的だったけど、結婚生活を送っているうちに意味がわかってきた(笑)

再婚する予定、離婚する予定もありませんが(笑)
最近は、離婚する人は減っているらしい。経済的にも色々厳しいところあるからなのかも。

結婚しないでいると「なんでしないの?」という世間の厳しい目があるし、結婚したらしたで「なんで子供産まないの?」とこれまた言われるし、一人目を産んだら「次は?」と聞かれて、二人目を産んだら「三人目までいっちゃいましょう」とまで。。。社交辞令とはいっても、本当にいろいろ言われるよね。
私は、結婚しないの?ということは、ほとんど言われなかったけど、子供のことは、ちょっと言われてプレッシャーになったかなぁ。結婚したら即子供作るのが当たり前っぽく言われて、「はぁ?」だったけど。

再婚する友達は、早くも辟易状態のようなので。。。幸せになれるのかなぁ。とりあえず、がんばれるところまでは、がんばってね、と思う。

蛍、みた

2004年6月19日 エッセイ
よく行くショッピングモールでのイベントで、蛍を放つというものがあったので、見に行った。
その前に琴の演奏があり、「和」の雰囲気がバリバリ。外で琴の演奏を聴くなんて、すごく風情あるし、ちょうど夜風も気持ちよくて昼間の蒸し暑さがどこにか失せていた。

蛍を見たのは、これが初めてに近い。以前見たとは思うけど、あまり覚えていない。ほのかな、でも神秘的なその放たれた光が、人々を魅了する。あー、カメラもって行けばよかったな。

夏の夜らしい、イベントに参加できてよかったな。

くぅさんへ
相互リンクありがとうございます♪
以下秘密日記で。

達成感

2004年6月5日 エッセイ
コンサート、無事に終了しました。

生の夏川さん、古謝さん、とてもとても素敵でした。

川西さんは、POPBEATと一緒に踊っているときは、元気いっぱいに、夏川さん、古謝さんとのセッションのときは、女性らしい艶やかにしっとりとした踊り。

子供たちも元気いっぱいに踊ってくれて、最高!

朝4時起きして、ずっとがんばってくれたし、夏の舞台でもまたがんばって欲しいな。
自宅でミントを育て始めて3年くらいになる。ミントは、丈夫なハーブで、冬に元気をなくしても暖かくなり、夏を迎えるころになるとぐんぐん大きくなっていく。はっぱを摘めば、摘んだとこからまた若芽が出てくる。夏のうちにはっぱを取っておき、ドライにしておくとハーブティに出来る。これは、バジルなどのハーブでも同じだけどね。

毎日水をあげている。たまに液肥をあげたりもするけど特別何かをするわけでもない。それでもぐんぐんと伸びていく姿を見ると草花の生きていこうとする力って、すごいよなぁと思う。手をかけないと枯れてしまう花もあるんだろうけど。。。

人間もある程度は手をかける必要があると思うけど(いわゆる手塩にかけるってこと)でも、かけすぎるのはどうなのかなと。まぁ、いい塩梅にってやつかな。

昨日見た「電池が切れるまで」で勉強をがんばっていくことで病気との闘いにも負けないでいくという話があった。それまで病気に対しての配慮からか、そのコに無理させないようにとして勉強をあまりさせなかった院内学級の先生が「勉強という目標が出来てよかったんだな」というのを痛感していた。そう、どんな人でも目標が出来れば、与えられれば、それに邁進するチカラをもっている。特に子供は無限の可能性を秘めている。もちろん私たち大人も思いがけない可能性をどこかで発揮できるかもしれない。
去年息子の幼稚園のクラスで一緒だった人たちと懇親会。
クラスの人数が16人とこじんまりしていたのとママたちの雰囲気がとてもよくて、ほぼ全員参加という「高出席率」でのスタート。
ママたちの仲が良いと子供たちの仲もすごくいいみたい。まだ新学期始まって1ヶ月半だからしょうがないけど、前のクラスのお友達と遊んでいるコが多かったり、幼稚園に行くのをイヤがったりしてるコもいるらしい。新しい環境に馴染むというのが、小さな身体にはとても大変なことなんだろうな、と思う。

幼稚園の先生たちの世界は女性の世界ということもあって、色々あったみたい。前の副担任の先生も来てくれたけど、(━_━)ゝウーム女性の職場の人間関係って、厳しいわ、というのが率直な感想。

年少時代は、本当に子供が変わっていきますよ、と娘の年少の時の担任の先生から言われた。親元を数時間離れて、友達や先生とのコミュニケーションを取る。自分のことは自分で出来るようにがんばる。
入園式の時と3学期の頃は、見違えるようになっている。本当にすごいなぁ〜と思う。

また元クラスでの懇親会はあるらしいし、またやりたいねぇというのはそれぞれ思っていることだと思う。
こういう関係って、煩わしい部分もあるかもしれない。けど、育児でどこか迷っているとき、誰かに聞いて欲しいときにきっとこういう人たちは、すごくいい存在。( ̄ー☆
息子がサッカーを始めたので、ボールやタオル類を入れるためのバッグを作ることにした。
で、1年ぶりくらいにミシンをヨッ⌒┻┻o(・ェ・ )コラヽ( ・ェ)ショ!!( )ノ┳┳"))゜0゜),⌒☆って感じで(笑)引っ張り出した。何せ母が今から20年以上前に通販で購入したもので(ちなみに母はほとんど使ってない)部品の一部は壊れてしまっているのだ。でも新しいのを買う余裕もないし、そんなに頻繁に使う代物じゃないからだましだまし使っているのだ。
で、試し縫いしてみたら、まぁまぁ何とか動いてくれるので、先日○ザワやで購入した一式を出して、作成開始!
私の場合、だいたいこんなんで、という感じで裁断をする。息子が一人できちんと荷物を入れることが出来るものを、というコンセプトで作ろうとしてるから「これはどうすれば・・」というのがあってかなり時間がかかっている。今もまだ半分くらいしか出来てない。。。あ〜〜ん、もぉ、ぶきっちょだなぁ。。。(でも昔一度家庭科、5を取ったことあるのだよねぇ。。。奇跡だけどさ)
でも、ミシンは楽しいな。以前は子供の簡単な服も作ってあげたし自分のスカートも作っていた。ミシンってパソコンと似てて長時間使っていると眼が痛くなる。。。目薬必需品だなw
昨日なんだけど、ひまわりの種を植えた。ベランダしか「庭」と呼べるものがないウチは、小さなひまわりが咲く種を植えたのだ。

ひまわりには、思い出がある。小学校2年のときなんだけど、学校で植えたひまわりが、すくすくと育ち、夏休み前に自宅に持ちかえり、庭に植えなおした。更に大きくなり、大人の背丈よりも大きくなった。その頃九州に住んでいたので、名物?ともいえる「台風」がしょっちゅうやってきていた。大輪の花を咲かせていたひまわりがもしかしたら台風でやられちゃうかも、と思い、父に風で倒れないように竹で茎を縛ってもらった。
台風が通り抜けた快晴の朝、ひまわりは、まっすぐな姿勢でニコっとしていた。「よかったぁ」
花からは、沢山のひまわりの種が取れた。

ひまわりは、元気を分け与えてくれるような気がする花だ。娘もひまわりの花を育てて種を取りたいらしい。ちょうど私がひまわりを育てたときと同じ年齢なのは、偶然なのかもしれないけど、今日も「自分のお花」という認識からなのか積極的に水やりをしていた。

1ヶ月半〜2ヶ月後には、花が咲くらしい。ちょうど梅雨の頃かな。うっとおしい気分を払いのけてくれるのではないだろうか。
手話ダンスをはじめて、ふと思ったこと。。。指先の動きがきれいになるかもって。
きれいになるというのか、表情が豊かになりそうって、感じなのかな。

手話もそうだけど、語学って、覚えていくのは楽しい。今はやっていないけど、ハングルもそうだなぁ。勿論英語も楽しい。勉強というよりは
自分が知らなかったものを知る、知識のひとつとして習得できた、というちっちゃな喜びだけどね。

はぁ、それにしても子供たちの手話の吸収力には、恐れ入りました。。
今や、先生になってる感じ。で、何度も聞き返すと、「だからぁ」と
オマエいい加減に覚えろよって、思われてるのかな。。と顔色を伺ったりしながら聞いたのだ(情けないよぉ)
でも。子供たちにはもう、勝てないけど自分なりにがんばりたいなぁって思う。私のつたない手話が、どこかで、もしかしたら、役立つかもしれないからだ。

手話との出会いは、偶然だったのだけど、今の私や子供たちに、すごい影響を与えてくれたと思う。そのプレゼントに、恥じないように、という気持ちでいる。
私自身、あんまりエラそうに言えた身分じゃないけど。。。

でも、やっぱり言いたい。

イラクで拘束→解放された人たちのこと。

日本というぬるま湯の中から飛び出したのは、すごい勇気だと思う。使命感?にも似た感情をひっさげて、政治も治安も荒れ果てている場所へ赴き、自分を試しに行くのは,ある意味羨ましい。

でも、、、でもね、世界中のドコにいてもキケンっていうのは、付き纏う。ましてや「避難勧告」が出され、警戒地域となっている場所で何が起きるのかも、覚悟だったのだろうか?万が一、命を落としてもいいという覚悟だったのだろうか?日本に置いてきた家族のことは考えたのか?

解放されたある人は「政府が自衛隊を派遣しているから、ボランティアであるわれわれが被害に遭う」と。おいおい、違うだろ?ボランティアっていうのは、個人の意思なんだから、政府とぶつかり合うには、あまりにも壁が厚いでしょ。。。

イラク諸国が安定した生活を築くには、われわれには想像もつかないものが沢山立ちはだかっていると思う。宗教がらみのことが非常に多いと思える。宗教という分野に疎い日本人にそれを超えることは、はるかに難しい。お金を積めばいいってもんじゃないのだ。

精神的にダメージを被ってしまっている解放された人たち。それが癒えたときに、果たして彼らに何が残るのだろう?世情なんて、冷たいもんだよ。。。残念だけど。
みんな、今の自分だけでせいいっぱいだろうし、ボランティアっていうものをやるにも自分の手の届く範囲しかできないし、手を出しちゃいけないと思う。出すなら、それなりの責任を持ち合わせて。

厳しかった?それとも「納得」な意見?
私は、願うよ。世界中が幸せになりますようにって。。。
6月のダンス発表会まで、あと1ヶ月半。
覚えなくちゃいけないものがいっぱい。。。メインは、子供だから、とにかく子供が覚えちゃえばいいんだけどね。。。

とはいっても、私が覚えなくてもいいよ?っていうんじゃないから、記憶容量がかなり少ない私だけど、何とかがんばらなくちゃwである。

手話ダンスの良さは、振り付け(手のほうだけど)に手話が入っているので、気持ちが伝わりやすいというか、手話そのものを覚えて即活用できるという点。覚えるという作業は、学生の頃と比べたらかなり大変。
でも、こういう機会ってあまりないし、どこかで手話を活かせる機会があるかもしれないし。。。と思うと、前向きに頑張れる。

とにかく歌って踊るのは、楽しい〜。
毎週ジャザサイズというダンス系のエアロビクスをやっているけど、それも楽しい。私って、踊るのが好きなんだなぁ〜と改めて思う。

ダンス歴(っていうほどのものじゃないが)は、高校時代に遡る。創作ダンスがきっかけで、ダンスに興味が出てきた。学生の頃は、さほどでもなかったけど、会社に入ってしばらくしてから、ジャズダンスを習った。仕事帰りで疲れていた身体なのに、フシギと踊ると楽しくて仕方なかった。
そこからブランクは数年あったけど、今またダンスを習う機会にめぐりあって、幸せだな、と思う。おばあちゃんになっても、自分なりのスタイルで踊っていられたら嬉しいな。。。
前々からやらなくちゃ!と思って、家の整理整頓をした。
私はだいたい、ものぐさなので、毎日きちんと、とはなかなかできず、でも「今日はやるぞ〜」となったら、動く、動く♪って感じ。

まず、真冬に活躍していたブーツを磨いて、仕舞った。また来シーズン頑張って私の脚をあっためてもらわなくちゃ。
で、本来は去年すべきはずだった娘の幼稚園のときの作品の収納。なかには、ほこりをかぶってしまっていたものもあり、でもなんとかまとめた。そのほか、「これはもういらないなぁ」というものは、あっさりと捨ててしまった。

どうせ日々の生活の中でまたモノは増える。となると、いらないものもまた増える。コレの繰り返しを私が掌るのか、、、( -.-) =зフウー

桜、桜♪

2004年4月5日 エッセイ
今日はいつもよりもたくさん桜を見た気がする。
図書館の窓の向こう側には、満開の桜。ちらりはらり、と花びらが舞い散っていた。「きれい。。。」しばしうっとりと眺めていた。
駅のほうにも桜。電車の窓からも桜。淡いピンク色が、本当にきれい。
そういえば、朝私の前を若い女性が、ベビーピンクのコートとバッグを持っていて「春らしいな」と思ったのだ。

桜は、海と同じで、いくら見ていても飽きない。

そういえば、こないだ桜の花の香りをかいだ。
ほとんど匂いってしないけど、でもなんていうのか、神秘的だった。

横浜の桜は、あと何日このままかなぁ。
もう葉桜なところもあるけどね。
今は、八重桜が咲き始めている。これもまた、本当に可愛らしくてキレイ。

やっぱり、春はいいなぁ〜。

回転ドア

2004年3月30日 エッセイ
おしゃれな高層ビルの玄関で、よく見かける回転ドア。生まれて初めてみたときは、「わぁ、なんだぁ、これは」で、中に入るのもドキドキしながら、はいったものだった。
勿論今も、普通の左右に開閉するドアより幾分か緊張気味で入る。

小学校入学を目前にした男のコが、回転ドアに挟まれ、亡くなってしまった事件は、子供を持つ親にとっても、ドキっとする事件だったと思うのだ。六本木ヒルズという鳴り物入りの商業施設、来場者数やらブランドショップなどが取り沙汰されてきたけど、実は回転ドアの事故が多発していたという裏側もあったらしい。

男のコの親御さんは、おそらく悔やんでいるだろう。
「手を繋いで一緒に入ったら...」
おそらく事件には巻き込まれなかったかもしれない。
こんなことを言っては不謹慎だけど、その男のコは、天使だったのかもしれない。これ以上事故が起きないように、男のコがその真実を私たちに訴えてきたのかもしれない。でも、命までも奪ってしまうなんて、残酷すぎる。。。
ビルの管理会社と回転ドアのメーカーは、泥仕合をしてるようだ。そんなことをやっても、責任のなすりつけあいなんだし、今後どうすべきかを協議しなくてはならないのではないか?
回転ドアを使っているビルは、割りとあるのだし、じゃないと、回転ドアを誰も使いたがらない。私の息子は、その事件を知ってから「僕、そのドアにはいかない」と涙ぐみながら言った。「大丈夫だよ。おかあさんと手を繋いでいようね。それでもいやなら、他のドアつかえばいいんだよ」ちょっと切なくなってしまった。
横浜の桜の開花宣言は、ちょうど今から1週間前で、1分咲きってところで、ストップしている。今日もそうだったけど、なんだか寒いのだ。
もう、ババシャツは着なくてもいいかなと思ってたらとんでもなくて、
本当に寒いときは、ババシャツの重ね着までしてしまっていた。

でもこれも今日までの話らしくて、明日からはようやく春らしい気温に戻るようだ。ふぅ〜よかった。

週末は、駅近くの桜もいっせいにほころぶのかなぁ。楽しみ♪

焼酎♪

2004年3月21日 エッセイ
今日みなとみらいへ行った。お昼を食べた後、偶然通りかかったお店が焼酎専門のお店だったのだ。しかも「九州限定」の。
九州は、私の出身地でもあるので、何はともあれ贔屓としてしまう。お酒は強くないけど、でもこれほどの品揃えのお店ははじめてみた。
鹿児島へ行ったときに、焼酎専門の居酒屋さんで、薦めてもらった焼酎があるのだけど、それは置いてなかったのだ(残念。。。)けど、ここならひょっとして取り寄せてもらえるんじゃないのかな。。と密かに思ったのだ。
今空前の焼酎ブーム。ローカロリーで翌日もカラダに残らない、という理由らしいけど、きっと気取らずに飲めるというのが一番の理由なのかもしれない。ボトルも個性的。私は、黒糖焼酎って飲んでみたいなと思うんだけどなぁ〜。今回は、以前鹿児島で飲んだことのある「白露」という指宿の焼酎を購入。すっきりしていて、あまりお芋の味が感じられない。多分、芋焼酎がはじめてのヒトでもいいのかもしれない。
3学期もあと少し。2003年度もあと少し。

ちょっと(かなり)親バカだけど、うちの子供たち、結構頑張っているのだ。

娘は、2学期から始まった漢字テストをずっとパーフェクトできた。クラスでもそういうコは、2人しかいなくて、最後のテストの前日は、かなり緊張していたらしい。100点を取りつづけるというプレッシャーを学年の最初から経験してしまってて、そんなにムリしなくてもいいのになぁと思ったが、達成できて、ほっとしているようだ。お疲れ様。

息子は、1年間無欠席。遅刻も早退もなし。年少からこんなに頑張って通うなんてすごいなぁ。。。「行きたくない〜」という日もあったけど
行ったら楽しかったらしくて、いつもニコニコして帰ってきていた。この1年病気らしい病気をせず、むしろ私のほうが倒れまくっていたので
息子の頑健なカラダがうらやましくも思える。がんばってるね。

親バカなんだけど、でも身近にちっちゃいけど、自分の目の前におかれたことに黙々と頑張る姿勢にはアタマが下がる。親がかりな部分がないといったらウソになるかもしれない。でも私自身は、何をやってるというわけでもないし。。。
でも、ムリはしないでほしいなぁ。。。目的を達成することも必要だけどね。

私もムリせずに自分に課されていることをコツコツだけどこなしていけたら、と思う。

試験

2004年3月11日 エッセイ
電車に乗ったとき、高校生の女のコたちの会話が耳に入ってきた。今はテスト期間らしくて、切羽詰った状況らしい。
高校生の頃ってテスト科目多かったなぁ。特に高2のときは、12教科もあり、一体どれから手をつければいいのか、、、だった。私の場合は
文系だったので、とにかく文系科目に照準を合わせていた。不得意科目という駒は捨てて、というやつ(笑)

で、女子高生たちは、テストのときにどう臨むかという話をしていた。
「私は、よっしゃー!!って気合いれる」
「ええっ、私はだめだなぁ。気合いれると緊張するもぉん」
2人の性格は正反対のようで、でも悩んでいることは同じような感じ。
けど、テストに対してがんばろう!という気持ちは伝わってきた。テスト期間のヤな緊張感を少しでも解消したかったらしく、彼女たちはファミレスのチラシを見て「これおいしそう」などと言っていた。
女子高生って、ちょっと距離があるなぁ、なんて思ったけど、自分が高校生のときと基本的な部分って変わらないなと感じた。私もテスト期間は、次の休みをどう遊ぼうとかそういうことばかり考えていた気がする
し。試験って、もうあまりしたくないけどねぇ。

会合

2004年3月7日 エッセイ
マンションで自治会というものがあるんだけど(まぁ町内会みたいなもん)その会合に初めて参加。
実は私、そういうのって生まれて初めてでドキドキだったのだ。初回は、役員決めっていうのがあり(学校のPTAもそうだけど)ヘッドを誰がやるの?で、しばらく重たい沈黙が続いた。。。
で、結局は男性にお願いして、女性陣はいろいろなことをやることに。
ちなみに私は「副会長」に。あ、でもこれは、2人でやるし、まぁ副だから、お気楽。
しっかし、そういうときって、「へぇ、ここのマンションにこんなひといた?」みたいなひとがいる。あとは、みるからにこぁそうなおばちゃまとか、おとなしそうなひとやら。でも、マンションで今まで挨拶すらまともに交わすこともなく来ていたひととこれを機に知り合いになれるかな、なんて思う。1年間、いろいろ大変だろうけど、どうせなら楽しくいかなくちゃって、感じ。

自分の年齢

2004年3月2日 エッセイ
私の年齢は、、、、、って、勿論書きませんが。
どんな人でもそうだけど、歳をとっていくのは、あまり好きじゃないと思う。でも、それはどうしようもないことだし、それに縛られるのも何だか、、、。

ある人から聞いた話で、お友達となったひとは、31歳と言っていて、(━_━)ゝウームでもそれにしちゃ、ちょっとオトナっぽいなぁと思っていたらしいのだ。で、いろいろと問いただして見たら、「実は、、、
41歳なんです」って。すごい、10歳もサバ読み!

41歳という年齢がそんなにその人にとってイヤなものだったのだろうか?それとも今の自分に自信がないのだろうか?
まぁ、よく冗談で「私18でぇす」というのは、あるけど、もちろんおちゃらけだし、そんなのをまともに言う人なんていないけど。。。

私が思うのは、年齢というのは、あくまでも生まれてきてから今までの経過時間であり、その中身を問うているのではないと思っている。若くても色々な経験を積んでいて、重みのある考え方を述べられたり、または妙齢だけど、どこか茶目っ気たっぷりなそぶりがあったり。それは個性だから、いいと思う。
ただ、日本は、年齢で、いろんなことを線引きやひとくくりにしたいという意向が強い。私はよくチャットをしていて、部屋にはいるときには
最初に年齢は言わない。勿論聞かれたら答えるし、話している内容で、多少はだいたいこんなくらい?と分かってもらえると思っている。年齢をいうと、固定概念枠?!でまず査定にかけられるような気がするからなのだ。それってつまんないような気がするし、、、、、。

もうそろそろ日本も「あのひとっていくつ?」っていきなり聞かなくてもいいようなコミュニケーションを取れるようになったらいいけど。。
今日お誕生日っていうひとって、どんな心境なのだろう?

うるう年って、4年に一度しかないし。。。
もし自分がそうだったら、どうなのかなぁ〜。
オトナになった今だとそれを自己PRのおちゃらけバージョンで
使うかなぁ。。。

ともかく、今日お誕生日やアニバーサリーな人に
(*゜▽゜)/゜・:*【祝】*:・゜\(゜▽゜*)

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